ただいまもおかえりもない「カネ恋」ラストシーンに感じた三浦春馬さんへのリスペクト

気になったもの・こと・人

三浦春馬さんが旅立つ前日まで撮影していたという、ドラマ『おカネの切れ目が恋のはじまり』(通称「カネ恋」)がついに……いえ、早くも最終回を迎えました。
たった4話の連続ドラマ、そのラストシーンには制作陣から「表現者・三浦春馬」へのリスペクトと彼を愛した多くのファンへの優しさがぎゅっとつまっていたように感じます。

笑ったりきゅんきゅんしたりしながらネタバレ感想を語りたくなる可愛いドラマでした。
「なにこの浪費男子!でも、にくめない!可愛い!可愛すぎてしんどい!」と毎回おおさわぎしてレビューやネタバレ感想を書けたら幸せだったろうなーと思います。

でも、それはかないませんでした。

演技論や華やかなスポットライトを浴びる場に立ち続ける苦悩は、私にはわかりません。
どちらかというと制作側の仕事をしている私にわかるのは、制作陣が最大限のリスペクトと愛情をもって最終回をつくっただろうことだけです。

「ただいま」も「おかえり」もなかったラストシーンにおそらく込められているだろう思いを、自分なりにひも解いてみたいと思います。

スポンサーリンク

あたたかくて切ないラストシーン

「カネ恋」は、毎日をていねいにつつましく生きる清貧女子の九鬼玲子(松岡茉優)と、玲子の勤め先の御曹司である浪費男子の猿渡慶太(三浦春馬)がおりなすラブコメディです。

前話のラストで、玲子は手痛い失恋をします。
信仰にも近いような圧倒的な思いを注いできた恋でした。

思いのたけをぶちまける玲子を受け止めて明るく優しく包み込んだ慶太は、「ごろごろピッカーン」と近くに落ちた雷に触発されたように、玲子にキスをしてしまいます。

小鳥がついばむような、小さな子どもが初めてするようなキス。
玲子はもちろん、キスした慶太自身も驚いて「…ん?」「…ん?」とお互い目を見開くのでした。

そんな前話ラストを受けた最終回。

玲子にキスをしてしまった翌日、慶太は姿をくらませてしまいます。居候している玲子の家を朝早くに飛び出し、会社も無断欠勤してしまうのです。
玲子は慶太を気にしつつも、自分のほころびの原点である父親に会うために伊豆へと向かいます。自分と父親のほころびをつくろって自宅に帰ってきた玲子が想うのは、やはり慶太のこと。

「どうして私は、こんなにあの人のことが気になるんでしょう」
「どうしてでしょうか。どうしてか…さみしいみたいです」
「会いたい…みたいです、猿渡さんに」

想ってしまうのは、考えてしまうのは、人生の半分以上ずっと好きだった失恋したばかりの相手でも、自分が相手の人生を壊してしまったとお互いに長いあいだ思い悩んできた挙句にほころびをつくろえたばかりの父親でもなく、慶太のことだったのです。

自分の気持ちに気付いた玲子は慶太を待ちながら縁側で眠ってしまいます。
その玲子の肩にそっととまる1匹のほたる。
それは、まるで…。

そして、夜が明けてラストシーンとなります。

玄関が開く音に、玲子は急いで立ち上がりました。
吹き込んだ風が玲子の髪を揺らします。
玲子は気配をたぐるような表情をしたあとで、そっと微笑むのでした。

一言のせりふもない静かで、あたたかくて、切ないラストシーン。
けれど、「ジレきゅん」をうたう明るいラブコメにはそぐわない終わり方でもあったと思います。

春馬さんを想う多くの人たちは、春馬さんの不在に胸を痛めながらも懸命にこのドラマを楽しんできました。作品をお蔵入りさせることなく世に送り出してくれた松岡茉優さんや制作スタッフさん、そして最後のインスタ投稿でこのドラマを「より笑って頂きたく」と紹介した春馬さんの気持ちに応えるかのように、懸命に楽しんできました。

そんな視聴者に寄り添い、もう泣いてもいいよとそっと肩を抱いてくれるようなラストシーンだったのではないかと感じています。

スポンサーリンク

春馬さん不在のまま駆け抜けた最終回

最終回において、春馬さんの新撮映像は冒頭の30秒にも満たないシーンのみでした。
その映像も、慶太の服装から考えると本来は3話に続くシーンではなく、2話で玲子の恋に余計なお節介をして傷つけたあとのシーンのようです。

第4話用に撮影された春馬さんの映像がなかったのか、途中まで撮影は進んでいたものの急遽4話で話を完結させることになったためストーリー的に合う映像がなかったのかは、わかりません。
ただ、どちらにせよ、脚本家・制作スタッフ・キャストは、春馬さん不在のまま最終回を駆け抜けなければならないことになってしまったのでしょう。

回想と、慶太を思わせる仕草や表情をするペットロボットの猿彦と、そして周囲の人たちが慶太を想って慶太について語ることで、物語は進んでいきました。

やろうと思えば、素材もやり方もいろいろとあったはずです。

たとえば、第3話のキスにつながるくだりの場面で、玲子が失恋をふりきろうと髪を切っているところに「ただーいまー」と慶太が帰ってくるシーンがありました。
前後に特にかぶせるような音やセリフもなかったので、この声はそのまま素材として使うことが可能だと思われます。

最終回のラストシーン。
慶太の「ただーいまー」という声が聞こえ、玲子が「どこ行ってたんですか!」とちょっと怒ったあと笑顔で「おかえりなさい」と言ったとしたら、最後まで明るいラブコメとしてギリギリまとまったのではないでしょうか。

ほかにも、「玲子さん」と慶太が呼びかける素材はもちろん何パターンもあったでしょうし、第3話分までは普通に撮影をしていたのですからカットした未公開シーンもあったでしょう。
伝言やLINE、慶太と話しているかのように電話越しに会話をするシーンを入れるという手もあったと思います。

ですが、冒頭以外はそのどの方法も選択されませんでした。

スポンサーリンク

「表現者・三浦春馬」へのリスペクト

ドラマとして綺麗にまとめる安易な方法を使わなかった理由。
それは、表現者である春馬さんへのリスペクトだったのではないかと思います。

無自覚なまま惹かれている女性が、自分の手をふりきって彼女にひどい仕打ちをしたはずの男性のもとに行ってしまった……という状況で、ヤケ酒なのかビール片手に帰ってきた第3話。

思わずキスをしてしまったことに動揺して姿をくらませたあとで、おそらく自分の気持ちを整理して帰ってきただろう最終回のラストシーン。

同じ「ただいま」というセリフでも、同じはずがありません。
表現者として、俳優として、誠実にまっすぐ仕事に取り組んでいた春馬さんだからこそ、制作スタッフは安易な素材の切り貼りを良しとしなかったのでしょう。

ストーリーをつなげるため、ほんの少しでも春馬さんの新撮映像が見たいと願う人たちのために、第2話のものだと思われるシーンを冒頭に挿入したのも、本意ではない苦渋の選択だったはずです。

そして、回想シーン以外では素材の切り貼りや使いまわしをしないと決断した時点で、いえ、そもそも代役も立てずお蔵入りにもしないと決断した時点で、ラブコメとして綺麗に無難に着地できないことは明白でした。

制作陣もキャストもそれを覚悟のうえで、キャストたちが慶太を通して春馬さんを想う、視聴者がキャストや慶太を通して春馬さんを想う、あの最終回にしてくれたのだと思います。

最終回において、登場人物たちのセリフはどれも、慶太ではなく春馬さんに語りかけているもののようでした。玲子の肩にほたるがとまる演出も、慶太が元気に存在しているだろうドラマの世界には本来必要のないものです。ラストシーンで、猿彦がかろうじて「おかえり」と聞こえなくもない音声を発してはいるものの、肝心の玲子は「おかえり」と口にしませんでした。

慶太=春馬さんだという同一視を許してくれる最終回だったと言えます。
「ただいま」も「おかえり」もないラストシーンで、私は春馬さんの不在を初めて実感しました。

何年経ったあとでも、私には本作を純粋なラブコメとして楽しむことはおそらくできません。最終回となった第4話を観るたびに、春馬さんの不在をあらためて噛みしめて心が痛むと思います。

それでも、春馬さん演じる猿渡慶太ではなく、春馬さん自身を全キャストとスタッフと視聴者が大切に愛しむような、ラブレターのような最終回にしていただいたことに感謝しかありません。素敵なドラマをありがとうございました。

 

 

コメント